【第一次銀河系軍団とオランダ化の終焉】
– 結果 –
リーガ 15節 カンプ・ノウ
バルセロナ 1-2 レアル・マドリード
リーガ 34節 サンティアゴ・ベルナベウ
レアル・マドリード 1-2 バルセロナ
– 試合内容 –
観るものを魅了したレアルの個のエンターテインメント
選手たちがそれぞれの持つ魅力を存分に発揮し、勝利を収めた。
チーム全体の動きや連動がみることが出来たわけではないが、ジダンのボールタッチ、フィーゴのドリブル、ロナウドの動き、ベッカムのキックなど試合を通して見所満載であり、彼らの持つ他を圧倒するキャラクターやテクニックは素晴らしいエンターテインメントとして楽しむことができた。
ただ、DF、MF、FWの役割が分断されているところは見受けられた。コンパクトさに欠け、そのような組織立ったものがないからこそ、2試合目の敗戦に繋がったのではないかと感じる。
感じられないバルセロナイズム
こちらもまた何か組織されているものを見受けることは出来なかった。個人の力に頼ったサッカーを展開していたが、バルサ選手の持つ魅力は、レアルの選手に圧倒されていた。
戦術としても現代のようなショートパスを狙うスタイルではなくて、ロングパス一本でDFの裏を狙っていくスタイルが、多くの場面で見受けられた。
ただ、そんな中でも、この先のバルサを象徴する存在がいたのも確かだ。シャビである。
現代サッカーを感じる動きで、違いを生み出していた。まさにバルサの伝統的なパスサッカーを体現しようとしている選手。相手を引きつけてパス、動き直してギャップに顔を出す、ボールを2,3メートル運ぶ、こればかりではないが、この動作が当たり前のようにあるのが彼一人だった。
他のバルサ選手の断続的なプレーに終始する姿は、バルセロナというチームにおいて期待するようなプレーではなかった。
– 背景とメンバー構成 –
アンバランスな銀河系軍団
レアル・マドリードの背景やメンバーなどについて紐解いてみよう。
バロンドール。フランス語で”Ballon d’Or”「黄金の球」という意味を持つもので、その年の世界No.1の選手に贈られる賞である。そんな栄誉ある賞の受賞経験がある選手やそれに匹敵するビックネームを数多く擁するチーム編成なのが、このシーズンのレアル・マドリードであり、それは『銀河系軍団』と形容されほどであった。そしてこの年、銀河系を象徴する最後のピースであるデイビッド・ベッカムが加入している。
銀河系軍団というと聞こえがよく強さを感じる表現であるが、中身をみるとそれはビジネス的であり、話題性の提供に重きが置かれ、アンバランスな補強が進められていたと考えられる。
その代表的なものが、縁の下の力持ちとして活躍していたマケレレの退団、それに対してのベッカムの加入だろう。
マケレレは、守備時においてとても大きな貢献をしていきた世界的な守備的MFであり、前任のデルボスケ監督の元では重宝され続けた。
対してベッカムに関しては、右サイドを主戦にしてきたプレーヤーだ。だが、レアルのそのポジションには、バルサから禁断の移籍を果たし、No.10を背負うフィーゴの存在を忘れることは出来ない。
世界にその名を轟かせた『右サイドのベッカム』ではなく、レアルで担った役割である『ボランチのベッカム』であれば、彼の獲得に費やした金額(約48億円)の半分以下の金額で、容易に代役を見つけることが出来ただろう。本質であるはずのサッカー面だけを考えた時にお世辞にも素晴らしい補強ということは出来ない。
そんな彼らの入れ違いのメンバー編成は、疑問を投げ掛けるべきものであり、アンバランスさをこの頃から示し始めていた。
ただ、ビジネスサイドから見ると確かにベッカムの人を魅了する佇まいは、一線を画するものであり「ハリウッドスター」と揶揄される程に突出し、多くのファンはベッカムを目当てにレアルマドリードをみるようになったのも間違いない。
そんな背景が見え隠れするようなレアルの編成ではあったが、チーム全体のサッカーを見ると銀河系のメンバーがそれぞれ華麗なキャラクターを持ち、その力を存分に発揮したシーズンだったのも間違いないだろう。
多くのオランダ選手をかかえた布陣
一方でバルサは、オランダ化が進んでいたとみることが出来る。
ライカールト監督を筆頭にファンブロンクホルスト、ライツィハー、コクー、クライファート、ダービッツ、オーフェルマルスらを擁した。
これに関しては、クライフやファンハールの90年代オランダ人監督の影響があったのでないかと推測できる。
クライフ時代のバルセロナまでは遡っていないので推測の域を出ることはないが、バルサを象徴する存在であるクライフは、選手としてもタイトルを獲得し、監督としても『ドリームチーム』と称される攻撃的な美しいサッカーを展開した。
リーガ4連覇、UEFAチャンピオンズカップ(現CL)初優勝をもたらすなど、1980年代後半から96年まで長期政権を築いた。
そんなクライフ監督の退任後イングランドの指揮官ボビーロブソンを1年間挟み、ファン・ハールを招聘しオランダ化がさらに進む要因となった。ファンハール時代はよりメンバーの獲得もオランダ人が多く優先され、最初の2年で計8人もオランダ国籍のメンバーをチームに迎えている。
このような背景もありオランダ化が進んでいたようにみえるが、彼らオランダ選手を中心に何か組織されたフットボールを感じ取ることはできなかった。
ただ、監督のライカールト、フロントのラポルタ会長らは、共にこのシーズンからバルサを率いていて、組織としての狙いを示すには、まだまだ難しいミッションだったのかもしれない。
– まとめ –
選手のネームバリューからみて、レアルとバルサの差が大きくあり、比例するようにサッカーの内容としても差が現れていた。カルロス・ケイロスとライカールト両指揮官の戦術として何かを狙っていたかと言われると、それを読み取るのは難しい内容だった。その分、選手個人の差がサッカーに繋がっていたと感じる。
レアルのスター選手のプレーは華やかであり、トラップやシュート、パス1つで観客を魅了するスキルは圧巻だった。
対照的にバルサは、1プレーで観客を魅了するような選手が乏しかった。ただ、前述したようにバルサを象徴するシャビの存在は忘れてはいけない。シャビという存在は、明るいバルサの未来を示すものであり、バルセロナの育成組織の素晴らしさを物語っている選手であった。
また、この時代の特徴的なものとして、両チームともにディフェンスとオフェンスの役割分担がはっきりしているのを感じた。現代サッカーは、フォワードは前からプレッシャーをかけボールを奪い、ディフェンダーは足元の技術にも優れ、得点もとる。
しかしこの時代は、役割分担がみえる分スペースが生まれ、コンパクトさがないものとなる。コンパクトさがないからこそ、戦術的な連動を生むのが難しい環境であったと感じた。
今回のクラシコではそんな昔と今の細かな違いもみることもできた。そういった部分もレアル・マドリード、バルセロナという世界の2強から感じ、伝えていきたい。
原稿 ヒロ
編集 クラシコの部屋運営